2016年3月30日水曜日

第140回 「桜」

もうすぐ4月ですね!

3月も下旬に近づくと、来年度の仕事のことや、プロ野球の開幕(今年のカープは強い・優勝だ!・・・と思わしてくれる時期ですよね)、釣りに行ったりと暖かくなるにつれて、どんどんワクワクすることが増えてきますよね!

それと同時に忘れてはならないのが3月のニュースでも特に取り上げられる回数が増えてくる「桜」になろうかと思います。

見てよし!匂いをかいでよし!!食べてよし!!!な桜ですよね~(笑)

今年は19日土曜日に福岡で開花が発表され、今年もさくら前線がスタートしました。

今年は、平年より早い開花となるところが多いみたいです。

広島はどうかと言いますと3月23日(水)に開花が発表されました。ただ桜の満開の見頃は4月2日(土)となっています。(この記事がアップされるのは3月30日だそうですので、この記事を見てどこか満開な桜を見に行こうという気持ちになっていただければと思います。)

ではここ新市ではどうかと言いますと、






まだつぼみの状態ですかね?

ちなみに、この桜は寺岡記念病院の託児所の敷地にあります。

残念ながら、咲いている桜の様子を見てもらいたかったですが、ちょっとこの記事の原稿の締め切りには間に合わなかったですね。

ともあれまだまだ寒い日も続きまので、特に夜桜を楽しむ時は暖かい格好をして観に行ってはいかかでしょうか。

事務局 宇田

2016年3月19日土曜日

第139回 「音楽と自分」

前回書いた内容はギターについてでしたが~何について書こうかと思い悩んだ末(笑)、結局音楽の話にしました。

これまでの人生の中で音楽は自分の中でかなり力を与えてくれるものでした。
小さい頃は(そこまでいっちゃう!?)母がピアノを弾いてそれに乗せて歌ったり、父がフォークギターを弾いてそれを聴いて育ってきました。母はピアノだけでなく、民謡をしていて、車の中でカセットテープをかけながら歌っておりそれを聴いてたので多少民謡まで歌えたりします(笑)。また母はクラシックも聴き、ベートーベン、モーツアルト、ショパンなどなどよく聴いており自分も昔はよく聴いてました。母はその中でも「乙女の祈り」という曲が大好きで、自分はショパンを好んで聴いていました。父はたぶんどこの家庭でもあったと思いますが、レコードがあり、それも本格的にアンプ、スピーカーもDIATONEでしていい音を奏でていました。曲はそれこそ井上陽水だのかぐや姫だの吉田卓郎などでした。そんないい音するスピーカーなのに小さかった自分(当時は1~3歳)はその良さは分かるはずもなく、スピーカーの中心の部分を指で押して凹ませてしまっていました。

そのステレオは高校の時に父が自分の部屋に持って来てくれて、新しいアンプを買ってもらい重低音を心弾ませて聴いていました。ちなみに隣の部屋にいた妹はうるさくて嫌がっていました(それはそうですよね)。今は~もう使えなくなり処分してしまいました。

中学の頃はそれこそPOPミュージックを聴いてまして、自分はT‐BOLANが好きでよく聴いていました。ご存知の方いると思いますがボーカルの森友嵐士は府中市出身です。自分が高校3年の時に突然活解散してしまったんですが、あれは森友嵐士が急に声が出なくなる病気(心身性発声障害)になり音楽活動できなくなった為に解散してしまった事を数年前に金スマで知りました。ちなみにうちの嫁さんはT‐BOLANが大嫌いでして話が合いません、、、。

まあそんな感じで色んな音楽を聴き今に至りますが、最近では府中にあるalwaysってとこでギター練習したり色んな方の音楽を聞かせていただいてます。ちなみに東2階病棟に所属の看護師の田邊さんもそこで素晴らしいワンマンライブをされましたし、自分はワンマン出来るようなレベルではないので~初心者飛び入りライブのがあり1人3曲披露できるんですがそれに出させてもらったことがあります。人前に出るのは緊張しますがあの場所は非常に楽しめました。皆さんも興味あればホームページがありますので是非ご覧になり、色々ライブスケジュールがありますので行ってみてください!!

ガーデンテラスでも月1ライブをやっていることを案内で知りました。1回聴きに行ってみたのですがとても良かったのでこれは是非田邊さんにやっていただくこうと思い、担当の方に話をしまして昨年の12/12にLIVEが実現し最高な日となりました。こちらも月一の第1週目の土曜日にやっていますので是非聞きに行ってみてください。絶対癒されると思います。

最新情報としては~2月12日にリハビリ室でバレンタインコンサートというのを企画してくださっていて嬉しい事に一緒にしましょうと声がかかりました。声をかけてくださったのは療養病棟の事務をされている山口さんです。聞くと音楽療法に非常に興味を持たれていて勉強をされているようです。山口さんはマンドリン、リハビリの原田さん(旧姓:赤繁さん)と自分はアコースティックギターを担当し何回か練習を重ねて2月12日に披露しました。そのバレンタインコンサートで披露した曲のリストは以下の通りです。

1.365日の紙飛行機
2.恋するフォーチューンクッキー
3.赤とんぼ
4.雪
5.たき火
6.故郷
7.星に願いを
8.花は咲く


1~7曲まではマンドリンとギター(歌も含む)でしたが最後の「花は咲く」は手話サークルのメンバーの方も交えて手話とマンドリンとギターと歌のコラボで大合唱となりました。
何度が失敗してしまいましたが、貴重な体験をさせて頂き感無量でしたし、とにかく楽しめました。どうやら見て下さった患者さんの中に涙を流して聴いて下さった方がいたようで、自分も「花は咲く」の途中胸が熱くなり涙が溢れました。

今回のバレンタインコンサートは本当に貴重な経験をさせて頂き、一緒に演奏をした山口さん、原田さんをはじめ手話サークルの方々に感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。
音楽ってやはり素晴らしいですね。自分はまだまだ下手くそなギターを奏でていますが、一緒に音楽ができる。そしてそれを聴いてもらえる場所があるというのは幸せなことです。
今までは1人の趣味としてギターを演奏してきましたが、今後は外に向けて細々とした活動ができればいいなと思ったりしています。

ギターに関連した事ばかり言いましたが、カラオケも好きですのでもしカラオケが好きな方いれば一緒に行きましょう!!


最後に、先月12日にリハビリ室で行われたバレタインコンサートの写真と動画を掲載します。
少しでも雰囲気を味わえていただけたら幸いです。







看護主任 森貞

2016年2月29日月曜日

第138回 「私の引き出し」

寺岡記念病院へ転籍して、早いもので3年半が過ぎました。

北川病院(当時)最後の1年は、1人の検査室で相談相手もなく淋しい(?)日々を送っておりました。そして、検査室の閉鎖に伴い、大掃除、新しい検査室への移転など、誰に頼る事もできず1人でもくもくとやりました。今振り返ると不思議なくらいのパワーです。

転籍すると、今度は新しい事を覚えなくてはいけません。老体にムチ打って何とか覚える事ができました。若い人には想像もつかないと思いますが、とにかく書きまくりました。
当番も北川病院での最後の1年は呼び出しもほとんどなかったのですが、寺岡ではない日が珍しいくらいです。

でも私はどこでもすぐ寝れるので、その点は大丈夫です。何回呼び出されても帰ったら寝れます。神経質な人には考えられないでしょうけど…ある意味特技です。

3年も経てば検査室の9人の性格がだいぶわかり、和気あいあいと仕事ができるようになりました。
これも(実は)20年前くらいに【3H会】と称して寺岡記念病院7人、府中総合病院6人、北川病院4人の検査技師が集まり情報交換の目的で飲み会をしていました。

そこで寺岡の方と面識がありましたし、1年半先に転籍になっていた加納さん、高校2年の時のクラスメート(とても仲良し)の山岡さんがいてくれたのでとても心強かったものです。

一緒に働いてみると私が想像していた印象とのギャップに驚く事も多々ありました。でも、一番びっくりされているのは皆さんの方だと思います。それはなんとなく日々肌で感じております。

先日手話サークル(私もメンバーの1人)がリハビリ室でのバレンタインコンサートに参加して『花は咲く』をマンドリン、ギター、歌に合わせて手話で披露しました。

初めての企画で他部署、多職種との交流を持つ事ができました。

仕事の方でも褥瘡委員会、NST、教育委員会、病床委員会などに参加して少しずつ顔見知りの方も増えてきました。やはり知っていると仕事もスムーズに行きやすくなると思います。

北川病院の時も踊りのグループ『ほたる』に所属して病院の行事はもちろん、色んな施設に慰問したり、色んなお祭りに参加していました。『ほたる』も多職種の集まりでした。

『ほたる』は南中ソーラン、よさこいソーラン、エイサー、フラダンス、韓国の踊りなど、色んなものに挑戦しました。とても楽しい時間を共有しました。

北川鉄工所の方と一緒にドレミファフェスティバルへも参加しました。顔にペイントしたりして、暑さも忘れるくらい楽しかったです。また、打ち上げが最高!!病院は女性の職場、鉄工所は男性の職場、お互い珍しいものだからはっちゃけて…

なんとなく私の印象が変わりつつあるのでは?

私の特技のひとつに誰とでもおしゃべり出来る事があります。(これは年齢とともにスキルがあがっています)どこかで話をする機会があったらびっくりされるかも…

以前、中村検査室室長と三郎迫君(同じ検査室同僚)と一緒に勉強会へ行った時の事です。


中村室長

「いつ息してるの?」


だって…ひどいでしょ!
それを家に帰り主人にしゃべったら、「それみてみ、わしがいつも1分黙っといてくれ!と言ってるだろ」だって。

いやいや女子はみんなおしゃべりですよね…

それではお近づきになれた時はお相手よろしくお願いいたします。

臨床検査室 松尾     

2016年2月20日土曜日

第137回 「主人と2人だけの久々の旅行」

家族全員での旅行は、子供が小さい頃は毎年のように出かけておりましたが、子供も大きくなり家族旅行は自然消滅しましたが、主人との2人旅は33年前の新婚旅行と7年前に私の新車で普通車を購入した記念に車で京都に行きました。

今回が2人だけの旅行は3回目となります。

主人が勤めている会社の福利厚生の中の一つに、ダイヤモンドプランというのがあり、満59歳になる社員及びその配偶者を対象に永年の会社への貢献に感謝すると共に、今後の人生設計を考える機会として、海外5泊6日でハワイ、オーストラリア、ニューヨーク、シンガポール、香港の中の何処かを選んで参加するといった制度があります。

一昨年、私が体調を崩し、海外旅行に参加する自身がなく、主人に海外に行きたいのなら、1人で行って来てというと、

「これは永年努められたのも奥さんのお陰と奥さんの労をねぎらうのと感謝の意味も含まれているので、1人では行く意味がない」

と言ってくれ、海外旅行は諦め、国内旅行10万円分の旅行に変更してもらいました。不足分は自己負担でしたが。
旅先を決めようとなった時に 以前主人は、「新婚旅行に行った同じ場所と宿泊した同じホテルに行きたい」と言っていたなと思い出し、まさか・・・・・・・・(私は同じところに行きたくないと内心思っていたもので。)
主人が行きたいところあるなら決めていいよ。と言ってくれ、ラッキーと思いましたが、

いざ何処にしようかといろいろ悩みましたが。合掌造りが見たいと思い、昨年9月にリフレッシュ休暇を利用し、一度行ってみたかった飛騨高山と下呂温泉にきめました。

主人も快く賛成してくれ、旅行会社が新幹線のチケットや宿泊先などを全て手配してくれ、行く場所は2人で計画を立てて、ゆっくりと見学し、宿泊先では豪華な食事に舌鼓、そしてゆっくりと温泉につかりゆったりと過ごしリフレッシュできました。

まだまだ行ってみたい所はたくさんあります。次はどこにしようかな~。


看護主任 桐島

2016年2月13日土曜日

第136回 「情熱と人生を捧げたパロネラ」

2016年も2月に入り、暖冬と言えども一年で一番寒い季節になりました。

2015年11月から寺岡記念病院に赴任し初めての冬ですが、広島でも雪が積もるということにびっくりしました!ちなみに私は東北出身(宮城県仙台市)なので、雪は見慣れているはずなのですが、ついついテンションが上がりました。


ところで、、、私の趣味、生きがいは旅行です。
社会人になってからあまり遠くへは行けなくなりましたが、今でも長期休暇には必ず旅をします。
家族旅行、友達との旅行、女子旅、母娘旅、卒業旅行、一人旅、バックパッカーの旅、留学(ホームステイ)などなど、ざっと数えただけでも海外20カ国以上巡ったのが、唯一の自慢かもしれません。(学生時代私は行き詰まるとよく海外へ現実逃避する傾向がありました笑)
海外に行くと、貴重な経験ができるだけではなく、日本の良さを再確認し、日本人に生まれて良かった~と実感します。





色んな旅をしましたが、今回は特に何かの節目の度に思い出す場所をご紹介いたします。

場所はオーストラリア、ケアンズを約100キロ南に位置する町イニスフェル近郊にある古城「パロネラパーク」です。天空の城ラピュタのモデルになったお城とも言われています。




実は私はこの古城を3回も訪れました。

ここで創設者のホセ・パロネラについて一部パンフレットを引用して説明させていただきます。彼はスペインの田舎町に生まれ、祖母が話してくれるお城や貴族にまつわる話を聞いているうちに、いつか自分のお城を持ちたいという夢を持ちました。しかし、実際は貧困のため学校を中退し働くことを課せられ26歳の時に労働者としてオーストラリアへ移住します。その16年後に彼は熱帯雨林の中で滝を見つけ、ここに長年の夢である城を築くことに決め、42歳の時に土地を購入します。馬鹿にされることも多く、挫折しそうになりながらも強い信念と努力で夢を叶えてゆきます。

建築開始から6年後となる、1935年、パロネラパークは遂に完成しました。

その後も度重なる水害や戦争により一度は閉園まで追い込まれましたが、彼が60歳で亡くなった後も後継者によって再建され現在へ引き継がれたと言います。



このパークのキーワードは「夢」なのですが、うっそうと生い茂る林の中を進んで行くと、突如として遺跡が現れ、苔むした城は本当にムードたっぷりで古代にタイムスリップしたような気持ちになります。遺跡に自由に登ったりさわったりすることができるのも魅力的でした。パーク内を歩いていると、パロネラが実現した夢物語、その夢を受け継いできた人々の思いを感じて、なぜか懐かしいような、そして自分もまだまだ頑張らねばと気持ちが奮い立ちます。



小さい時に抱いた夢を実現させ、城の建設に沢山の情熱と人生を捧げたパロネラ。

私も幼い日に医者になりたいと願い、縁あって脳神経外科の道に進み、理想と現実はかけ離れる一方ですが、今も目下修行中です。たまにはつらいこともありますが、これからも諦めずに信念を持って私も自分の夢を叶えてゆこうと思います。 さて、今年はどんな旅をしようか、、、今から楽しみです!




脳神経外科医 久ヶ澤


2016年1月30日土曜日

第135回 「気持ちと体」

さて、今回、僕の妹が。。。とうとう成人になってしまいました。

妹とは8つ違いですけど、いつの間にか成人とは。。。月日が過ぎるのは早いものです。知らず知らずに僕も歳とるわけだ。

ちなみに僕にはもう一人妹がいますが、歳の差はなんと15歳!!!

その子が成人した時の自分を想像しただけでゾッとします。


僕が実家を出て約3年。
元々そんなに多くはなかったですが、家族とも話す機会も減って、今では、正直妹が成人式に行ったかどうかも知りませんが。。。(笑)ただ、やっぱり兄貴として成人のお祝いぐらいはしてあげないといけないかなぁ~っとは思っています。

まぁ年頃の女の子。プレゼントするにしても何が欲しいか男の僕にはサッパリ。。。なので奥さんの力でも借りようかな。

ここ最近まで僕自身、成人式からだいぶ経ちますが気持ちではまだまだ若いと思っていました。

がっしかし、最近では透析室での針刺し業務は腰に堪えるようになってきました。冬には朝起きた時の腰の痛み。。これは尋常じゃないですねぇ。

ん~~整体行った方がいいのかなぁ?っと言うより体は正直なんでしょう。
新しい年も迎え、徐々に寒さも厳しくなってきましたが皆さんも体調管理には気を付けてください。気持ちがどんなに若くても体は悲鳴をあげてるかもしれません。

井尻(医療機器管理室)

2016年1月20日水曜日

第134回 「めざせ山ガール」

「富士登山!」

きっと今年こそ行こうと現実になったのは、富士山が噴火するかも?というニュースを時折聞くようになり「こりゃあ大変だぁー早く登らなきゃ」と今年初めから構想をねりだしました。

富士登山を7月と決め、それに合わせ旅行会社への申し込み、夏といえども冬支度がいるので、防寒具やリュック・ストック・登山靴の準備をしました。

最初は1人でも行こうと思っていたので、主人に宣言

「事故にでもあったらどうする!?」

という主人でしたが、私の意志が変わらないとなると自分が付き添いで行くと言い出しました。2人共どちらかというと運動は苦手、ウォーキングでもするかとなりましたが、実現せず、7月17日は夜勤明け、家に帰ると遅くまで登山準備をしました。

7月18日4時に起きて、いそいそと仕度、富士登山出発当日です。
折から台風が上陸し、鳥取から日本海に抜けたあたりで、自宅を出発しました。福山駅発7時の新幹線で、岡山駅から乗り込んだ人も含め40人弱の参加者でした。上は70代の男性~下は小学高学年の男の子、女性も多く装備からして何度も登山経験をされていそうな兵者ばかり、新幹線の車窓からは横殴りの雨と暗い空、暗雲立ち込め「にわか山ガール」の私にはついて行けるかどうか不安でいっぱいでした。でも、旅のうきうき感と寝不足から主人と缶ビールで祝杯を挙げ、そのうち眠ってしまいました。

静岡駅で新幹線を下車、観光バスに乗り換え、朝霧高原から本栖湖を車窓から見学し、富士スバルラインから富士山五合目へは13時前に到着しました。富士五合目で着替えや装備を整え、1回200円を支払いトイレを済ませ、山岳ガイドの案内で吉田口登山道を1列~2列で、ゆっくりと登っていきました。

台風の影響とさえぎる物のない登山道で、時折吹き飛ばされそうな横殴りの風・雨混じりと戦いながら一歩ずつ進めていきます。こまめな休憩と給水を山岳ガイドがとってくれますが、6合目まで着くと口の中も鼻の中も砂だらけでした。眼下には霧のような雲の合間からミニチュアのような家々が点在、走る車が見え、そして樹海がひろがっていました。

6合目までは主人と冗談を言いながら、眼下を眺める余裕もありました。

目指すは七合目の一番奥、鳥居がある「鳥居荘」!

息が上がり、酸素が薄くなるのがわかります。砂の流れを防ぐ段を主人に引っ張り上げてもらいながら、崖のような石段を這うように登りました。幾つもの山小屋の軒下テラスを通過、崖の石段を上がって行く、の繰り返しで最初の元気はなくなり、ようしゃなく吹き荒れる風に足元もおぼつかなくなります。「鳥居荘」に着いたときには精も根も使いはたしていました。

夕食はカレーが出ましたが、疲れた割にはすごく美味しい!カレーを食べているはずの主人は、玉のような汗を流し青い顔をしてカレーを一口も食べられません、高山病のようでした。18時~22時頃まで男女に別れ「うなぎの寝床」状態の寝室へ入り仮眠をとるのですが、上着を脱いだだけの状態で寝返りも打てないし、常にバタバタ、ヒューヒューと山小屋を打つ風に一睡もできませんでした。

山小屋の人の合図で起きだし装備をまとめ、おにぎりのお弁当を渡され整列するのですが、山岳ガイドより「今回は、風が強く体力に自信のある人のみ、自己責任で登るように」と注意があり子供は登頂禁止でした。主人は登山装備で出てきましたが、登れるような状態でないのがわかりました。酸素ボンベを購入し吸うように渡し、登頂を断念しました。人数的には1/4くらいの人が頂上を目指しましたが、途中で3人の人が山荘へ引き返してきました。中止した人は、暗く風のうなる中、登頂できないと判断したようです。残った人達は、また「うなぎの寝床」へ潜り込み仮眠をしました。

4時半頃、山小屋の人の声「ご来光がもう直ぐです」、みんなゴソゴソと出てきてテラスに集まりました。群青色の地平線の彼方から周りをオレンジ色に染めながら太陽が昇ってきました。一瞬静寂が訪れると「うわ~」と言う声、拍手や歓喜の声がわきました。遠くに見えるのは江ノ島だと教えてくれる人もいました。登山を邪魔する台風の風でしたが、いらないものを吹き洗い、見慣れている山小屋の人も「こんなにきれいなご来光は久しぶり」といわれていました。後に、頂上では傘雲がかかりご来光は一瞬だったと、風が強くお鉢めぐりは中止になったと聞きました。山荘でお弁当にもらったオニギリに熱い味噌汁が出て、復活した主人と食べた美味しさは格別でした。

富士五合目で落ち合うことで、各自が登りとは別ルートで下山、風も無く夏の天気に戻り、主人と2回の休憩で下山しました。

日本一の山「富士山!」

世界遺産「富士!」

の登山でした!あんなにしんどかったのに、きっとリベンジするぞ、次は頂上と主人と誓っての下山でした。


看護主任 有地