2014年9月10日水曜日

第87回 「変換間違いと、この星の未来」

「よそ卯に半紙て、実際庭上しょう市て居た。」

一昔前は、パソコンのこのような変換間違いは日常的なものであった。
その度に、あ~バカ!とか言いながら直したりしたものだ。

「実際には上昇していた」

という文言が、

「実際庭上しょう市て居た」

に比べて正しいという判断は、人間ならではのものだった。
機械は単語を真面目に漢字変換しているのであって、意味までは理解できない。

そう、一昔前までは、そうだった。

今のパソコンで、ここまでの間違いをする物はないだろう。数文字入れればたちどころに文章単位で予測し、変換候補を提示してくる。その候補も、最近使用した単語や文章を学習しもっとも確度の高い予測を提示する。iPhoneのsiriに、

「今何時?」

と話しかければ瞬時に時計を表示し、

「7時15分です」

と返答する。

「福山駅を検索して」

と言えばwebの検索結果をすぐに提示する。

「暇だ」

と言うと、

「楽しんでいただけるように何か考えてみます」

と。

これらの機能は全て、帰納推論という概念に基づいたコンピュータの自己学習によるものだ。この概念は人間の思考に類似した多くの学習アルゴリズムの総称でかつ、非常に複雑な数式が無数に組み合わさっており我々一般人には理解しがたいが、厳然たる事実としてコンピュータは自ら学習し、進化する能力を獲得しつつある。

ジョニー・デップ主演の映画「トランセンデンス」が6月に公開された。
人間と同じ思考ができる人工知能が暴走し、世界を大混乱に陥れるというストーリーである。コンピュータは眠らず、休憩も要らない。インターネットに接続すれば瞬時に世界中の情報を手の内にできるという訳だ。さらにその情報を基に学習と進化を続ける。

現実世界でも現在、世界中の名だたる研究機関や企業が高度な人工知能の開発に血眼になっている。実際に投入されている予算と人員は莫大で、人間と同じ思考や会話ができ、感情も理解する人工知能の完成まで数十年という見方が大勢だ。個人的にも、50年はかからないだろうと思っている。さらに人間の脳そのものと、コンピュータの回路をつなぐ基礎研究も進んでいる。人間の脳とコンピュータが一体化するのだ。こちらはもう少し時間がかかるかもしれないが、100年はかからないだろう。

そんな未来が実現した時、私達人類と機械の関係はどうなっているのだろうか。未来のコンピュータはきっと、猛烈に頭がいいだろう。だから物を覚えたり、計算はコンピュータの仕事になる。では企画の立案や文章の執筆などは?これに関しても、ほぼ無限の情報を基に、恐ろしくよく練られたものを一瞬で作成するだろう。ニヤッとさせる、流行のジョークなども入れてくるかもしれない。では話し相手はどうだろう?これも同様だ。今年6月米国で行われたチューリングテスト(人工知能を見破るテスト)大会で、人工知能「ユージーン」と会話した人間は、会話の相手がコンピュータである事を見破れなかった。



では芸術は?人間らしい感情や感性は?恋愛は?これらに関しても、情報学者達の答えはイエスである。コンピュータでも可能になると。理由は、人間の脳も生まれてから得た情報や経験の組み合わせで新しい発想や感情を組み立てており、脳の思考アルゴリズムをコンピュータが模倣する、または模倣するように学習させるアルゴリズムができれば、早晩コンピュータも人間と同じ思考、感情も解するようになる。なぜならばそのアルゴリズムは人間の脳の仕組みと同じだからだ。私は神経を扱っている医者だからなおさら、これらの話が非常に妥当で、大げさな話ではないと思う。 

コンピュータが会話し、多くの業務をソツなくこなし、絵画や小説を書き、恋愛もする。プログラムを組み込まれたロボットが、工事現場やショップ店員もこなす。こうなると、我々人間とはそもそもなんなのだろう、コンピュータとの違いがわからなくなってくる。この星の未来はどうなるのか。変換間違いに腹を立てていたのはもしかすると、とてつもなく幸せで、のどかな時代だったのかも知れない。


脳神経外科 花