2018年7月20日金曜日

第212回 みんなで源活しましょう!!

以前この井戸端で名探偵コナンが好きと書きました。
名探偵コナンは相変わらず好きで、今年も映画を観に行ってきました。
安室さんが好きな人はキュンキュンしたと思います・・が私は、どちらかと言うと赤井さん派なのです。(^_^;) 興味がある人はぜひDVDで観て下さいね。

そんな趣味が少ない私ですが、はまっている物があります。
それが『星野源』です。
今では知らない人はいないのでないか・・というくらい有名人ですね。
毎日朝から ♪おっはよ~世の中 🎶 とアイデアという曲が流れていますね。
彼はシンガーソングライターであり、俳優であり、文筆家であり・・3足のわらじを履いています。

私は高校生の息子の影響で、まずはシンガーソングライターとしての『星野源』を好きになりました。彼の曲は日常の生活を歌詞にしているものも多く、不思議と口ずさんでいたり、歌詞が耳にスッと入ってきます。言わずもがな今では国民歌となっている“恋”は誰もが知っていて曲が流れると恋ダンスを踊り始める人も多いのではないでしょうか!(^^)! その他にも沢山おすすめの曲があるのでぜひぜひ聞いてみて下さいね。
2017年は幸運にも2度ライブにも参戦することが出来ました。生源くんを拝みテンションMAXでした。今年は忙しくライブの予定は未定ですが、また参戦したいです!!

次に俳優『星野源』ですが、大人計画事務所に所属し舞台を中心に活動をしていましたが、少しずつドラマにも出演するようになりました。一番のはまり役といえば“逃げるは恥だが役に立つ”の津崎 平匡だと思います。毎週火曜日22時はムズキュンしたのを今でも
覚えています。疲れた時は“逃げ恥”のDVDを観て癒されています。
その他にも毎週金曜日22時“コウノドリ”の四宮 春樹医師も大好きでした。
最近は俳優『星野源』が見れなくて悲しいですが・・今2019年公開予定の主演映画の撮影をしているようで(*^^)v 公開を楽しみにしています。

最後に文筆家『星野源』ですが、AERAという雑誌に連載を書いたり、本も数冊出しています。私のおすすめは“蘇る変態”です。くも膜下出血で入院した時の闘病について赤裸々に語っています。看護師である私、特に脳卒中リハビリテーション看護認定看護師である私には、患者『星野源』のつらさや思いが伝わり、読みながら自然と涙が出てきたのを覚えています。機会があれば本屋で手に取ってみて下さいね。

とても魅力的な『星野源』をこれからも応援し続けます。みなさまも一緒に源活しましょう。
看護部 井上

2018年6月30日土曜日

第211回 ウォーキング大会参加

第44回50キロ福山夜間ウォーキング大会に参加しました。

2018年2月10日20時に福山市役所を出発し、ゴールである上下町を目指しました。タイムリミットは2月11日12時です。
芦田湖オートキャンプ場ではスタッフの方から豚汁のサービスがあり、小雪まじりの中で食べた豚汁はとても美味しくて元気をもらいました。 
八田原ダムを過ぎると、路面は凍結し、何度もリタイアを考えましたが、大会スタッフの温かい声援や励ましのおかげで、13時間かけて翌朝の9時にゴールできました。
参加人数は500人で、リタイア108人 完歩392人でした。
完歩最高年齢は80歳の男性でした。

凍結した道はとても危険でした


第31回瀬戸内倉敷ツーデーマーチに参加しました。

3月10日・11日の2日間あり、5キロ・10キロ・20キロ・30キロ・40キロのコースがありました。
私は、11日の倉敷市役所から鷲羽山までの30キロコースに参加しました。
1ヶ月前に50キロウォーキングを完歩できていたので、軽い気持ちで参加しましが、意外にしんどくて、リタイアも考えました。 
途中の旧野崎家住宅・熊野神社・デニムの街児島・瀬戸大橋の景色や歴史を楽しみながら歩く大会で、約6時間30分で完歩できました。
2日間の合計参加人数は10,596人でした。


旧野崎家住宅
旧野﨑家住宅(国指定重要文化財)は、江戸時代後期に大規模な塩田を開き、「塩田王国」を築いた野﨑武左衛門が建てた民家。約3000坪の敷地内には母屋を中心に7棟もの土蔵群が軒を連ねており、庭のあちこちに茶室が見られるなど、当時の勢いをうかがわせます。さらに土蔵の中では、塩づくりに関する歴史的な資料や江戸時代からの民具などを展示しています。


熊野神社
和歌山県紀州熊野本宮大社より、701年修験道の始祖役行者の高弟達が当地に祀る。全国に3800社余りある熊野神社で本宮の昔の姿をこの地のみに残している。神殿は重文、県の重要文化財が連立している。また日本唯一「いじめ除け」の神としての八尾羅宮も境内にあり広く信仰を集めている。


デニムの街 児島
アメリカ産まれのジーンズを日本で初めて国産化したのが児島の街です。


瀬戸大橋
1988年4月に9年6ヶ月の歳月をかけて完成しました。橋の長さは9,368mです。

施設管理課 伊達

2018年6月20日水曜日

第210回 旅行に行こう!

最近、小旅行を楽しんでいます。
雪の季節に友達と白川郷や上高地に行きました。

5月には主人と立山・黒部アルペンルートに行きました。
前日まで雨で天気が悪く心配しましたが、当日は晴天に恵まれました。
澄んだ空気と青い空、雪景色に心洗われる気分でした。
これまでは旅行と言えば車で出かけることが多かったのですが、新幹線や電車、バスの旅は、いろいろな方とお話しする機会もあり、車の旅行とは違い新鮮でした。
立山・黒部はケーブルカー、ロープウエイ、トンネルトロリーバスなどいろいろな乗り物を体験し、景色を堪能しました。
雪の大谷、黒部ダム、立山ロープウエイ、室堂、等々・・・。
1泊2日の強行スケジュールでしたが楽しい旅行が出来ました。

皆様も素晴らしい景色をご覧ください。
看護部 黒田

2018年6月10日日曜日

第209回 私の脳神経外科医としての歩みと脳卒中予防の重要性

 高齢化が進むにつれ、脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血など脳の病気にかかる人が増加している。このような病気にかかると、多くの場合、認知機能障害、片麻痺、失語症などの重大な後遺症を残すため、予防に向けた取り組みが重要である。2016年春、鳥取大学医学部附属病院脳神経外科を退職し、社会医療法人社団陽正会寺岡記念病院(寺岡暉理事長)の脳神経疾患治療センター長に就任した。

 東京都出身で、子どものころは弁護士にあこがれていた。しかし文系より理系の成績が良かったため、法学部をあきらめて医学部の道へ進むことを決意した。「合格するはずない」と思っていた東京大学医学部に合格した。試験の出来も悪かったので、合格発表も見に行かなかった。すると別の学部を受験した従兄弟から「合格しているよ。」と連絡があり、漸く合格発表を見に行った。

 せっかく入学した東大だったが、最初の二年間は、教養についての授業ばかりで、自分には必要ないと勝手に判断し、ほとんど学校へ行かなかった。それでも興味のある授業だけは出席し、試験もきちんと受けるなどして、無事に進級を果たした。三年生からは真面目に通学し、外科医を目指すことにした。

 高校・大学ではサッカー部に所属。大学時代にはスキーにもはまり、本気でスキーのインストラクターになろうと考えていた。「本業インストラクター、副業で整形外科医」と。しかし、サッカー部の友人の勧めもあって、最終的には脳外科医の道を選んだ。

 卒業後は都立墨東病院、東大医学部附属病院などで勤務。1987年に鳥取大学医学部へ。当時の東大脳神経外科教室の教授から鳥大に行くかアメリカに留学するかを迫られ、二、三年で東京に戻るつもりで鳥取行きに決めた。それなのに、まさか三〇年近くも鳥取にいることになってしまった。

 1990年からの二年間、スウェーデン王立カロリンスカ研究所の生化学教室に留学した。まったく臨床から離れた基礎医学の世界である。冬のスウェーデンは10時ごろ夜が明けて、14時ごろには日が沈む。昼間の時間は短くて暗い気持ちになるし、食事も口に合わないし、日本に帰りたくてたまらなかった。手掛けていた研究の成果もなかなか出なかった。日本人は困っている人を見ると手助けするが、スウェーデンの場合はお国柄なのか、余計なことを言う人はいなかった。そういった「大人の対応」のおかげで、自分自身で何とかしなければならないことを悟った。研究のやり方を変えて漸く結果を出すことができた。

 再び鳥大へ戻り、1999年に同大医学部教授に就任。高次脳機能障害(主に脳の損傷によって起こされるさまざまな神経心理学的障害)外来の設置や、高次脳機能障害支援の拠点病院となるなど、高次脳機能障害の診療に携わった。

先手必勝をモットーに
 寺岡記念病院ではこれまでも脳ドックを実施していたが、今後さらに力を入れていく方針である。鳥取県の米子市より、高齢者の多い地域なので、まずは脳ドックの内容や必要性を多くの人に知ってもらいたい。脳の病気はほとんど自覚がなく、突然起こるイメージだが、発症リスクは知らないうちに少しずつ高まっている。定期的に検査を受けることで、早期に発見できる可能性が高い。現在、毎週火・木曜に行っている脳ドックの人数を増やし、脳卒中発症数を少しでも減らせればと考えている。また同病院のホームページなどでも脳ドックの重要性について詳しく紹介している。さらに勤務している医師についても、プロフィールなどの情報を出している。検査も治療も「先手必勝がモットー」。たばこを吸う人や高血圧の人などは、ぜひ受診を。それぞれの生活習慣に合わせ、予防に向けた指導を行う。

 忙しい毎日だが、趣味のドライブでリフレッシュを計る。車の運転が好きで、鳥取─福山間はもちろん(約30年続けた)、鳥取─東京間を一人で休みなく運転しても苦にならないほどである。時間があれば、以前より車で旅したヨーロッパ各地を再度車で旅したい。日本だと、京都、山口県萩市や島根県津和野町あたりへまた出掛けたい。

 今後は一般向けの医療講演会などを開催し、検査の必要性や病気の予防法などを呼び掛けたい。当院の強みは、岡山大学、東京大学、鳥取大学、広島大学などとの連携がしっかり取れていること。場合によっては各大学の専門の医師を呼んで治療や手術もできる。そういった連携を生かしながら、地域医療に貢献していきたい。

脳神経疾患治療センター長 渡辺高志

本文章は「ビジネス情報 平成28年7月10日号」の記事を一部修正し、掲載しています

2018年5月30日水曜日

第208回 一生のお願い

幼少の頃、欲しい物や頼みごとがあると「一生のお願い」と言って親を困らせた記憶がある。さすがに年を重ねると言わなくなった。が、先日、久しぶりに「一生のお願い」をした。

2020年といえば…東京オリンピックがあります。楽しみですね。
でも、その前に、来年2019年にラグビーワールドカップが日本で開催されます。
ラグビーワールドカップは、夏季オリンピック、サッカーワールドカップに次ぐ規模となる世界三大スポーツイベントのひとつです。そのラグビーワールドカップの歴史上、初めて日本で開催されるのです。

僕、CARPが好きです。そのCARPの次にラグビーが好きです!
ラグビーワールドカップが日本で開催される…行きたい!観戦したい!

東京オリンピックは東京近郊でしか競技がないけど、ラグビーワールドカップは日本全国で試合がある。ラグビーの盛んな地域はもちろん、復興の意味も兼ねて、釜石や熊本、大分でも試合があります。残念ながら広島ではありません。
それどころか、事前キャンプ地にも入っていない(残念!)。

では、チケットはどうすれば入手できるか?
ラグビー繋がりの友人に聞くと、関係者には先行発売されているらしい。
じゃあ、関係者にお願いすればいい!と考えた。

生化学検査(LDHとかコレステロール等)を行う装置がある。当院の検査室にあるのは「東芝メディカル」の生化学自動分析装置。ご存じと思いますが、東芝メディカルは親会社の会計不祥事のため「キヤノン」に売却されました。
東芝とキヤノンは両方ともラグビートップリーグに属す強豪チームなのです。

東芝(現キヤノン)の担当者にお願いしてみた。
「東芝もキヤノンもラグビー強いよね。ラグビーワールドカップが2019年に日本であるけど、チケット手に入らないかな?もちろん代金は払いますよ」
担当者曰く
「知り合いに(ラグビー)関係者がいますから。聞いてみますよ。たぶん大丈夫ですよ。どの試合が希望ですか?何枚必要ですか?」

嬉しい!こんないい返事が聞けるとは思ってもみなかった。
「日本代表の試合はムリだろうから、大分か名古屋であるニュージーランド代表の試合をお願いします!」
担当者「わかりました。また連絡します!」

楽しみに連絡を待った…1週間後連絡が入った
「いろいろ関係者にあったっています。もうしばらくお待ちくださいね」
と中間報告である。
期待が膨らむ。待ちますよ。ワールドカップは2019年ですから。
さらに1週間後、今度は直接来院してきた。
「すいません。色々あたりましたがムリでした。こちらから応募して下さい」とラグビーワールドカップ公式HPのチラシを渡された…

コネクションでの入手をあきらめ、公式サイトから購入しようと思い、HPを見ると

チケットの価格が、高い!めちゃくちゃ高い!
試合するチームや指定席のカテゴリーによって違うけど、日本代表の試合だとAカテゴリーで1席が50,000円だ!そして決勝戦となるとAカテゴリーで1席が100,000円です。高い!
観戦するのは止めようかな?と思った。でもね、
「4年に1回じゃない! 一生に1回だ!」
なんですよ。高いと思ったチケットだけど、サッカーのワールドカップでも同じくらいの金額だし、テニスのウィンブルドンセンターコートだと50万円らしい…一生に一度。観戦しようと決めた。

チケットを入手するには?

まず初めに、「先行抽選販売」。セット券(チームパックとスタジアムパック)の申し込み期間は2018年1月19日~1月26日。これはパック券なのでかなり高価。僕にはムリ。しかも、これは日本ラグビーフットボール協会に登録してあるチームのコーチやスタッフやメンバーズクラブ会員、公式ファンクラブ会員しか申し込めないのでパス。

次にあったのが「開催都市住民先行抽選販売」。つまり試合がある地域の人に優先的に販売しますよというもの。申し込み期間は2018年3月19日~4月12日。これも僕には買えない。購入する権利がないのだから。

じゃ、いつなら購入できるの?となる。
一般販売(抽選)が2018年9月19日~11月12日。ずいぶん先だ。

そうだ!開催都市の住民に購入してもらえば良いのだ。
(懇意にしている)T先生にお願いをした。
T先生は抽選で当たる確率を上げるため、家族全員分を登録し申し込んだ。
その結果…

12試合も当選! スゴイ! 
その中には、3位決定戦、準決勝2試合、決勝戦もある! 最高!

前述のとおり、チケット代金は高いので、全試合には行けません。2試合だけお願いしました。ニュージーランド代表の試合と決勝戦。決勝戦(チケット)はかなり高いけど、1生に1度なので…一緒に行きましょう!と

チケットは入手できたので…後はお金を工面しなければ…
で、妻に言いました。

一生のお願い…。

臨床検査室 中村

2018年5月20日日曜日

第207回 鬼女に魅了する神楽

 ある日、山陰にドライブに行った時のことです。
浜田市の道の駅に寄った時、笛と太鼓の音に誘われて観たのが「神楽」でした。
小さな神楽団でしたが、鬼棒を床に叩きつけ軽快に舞っていました。
私が生まれたのは小さな漁師町でした。祭りでは、沖に櫂伝馬や押し船、陸には神輿に大名行列がありましたが「神楽」はありませんでした。神楽を初めて観たのですが、何だか田舎の祭りを思い出し懐かしかったのを覚えています。

 それからしばらくして、「広島県民文化センター」で、「広島神楽」定期公演に誘われたのをきっかけに足を運ぶことになりました。街と週のど真ん中、「神楽」を楽しむ水曜の夜を満喫していました。神楽を観た後は、美味しい食事とお酒(ビール)を頂き、神楽がメインかそのあとの「飲み」がメインかわからなくなってはいましたが、かなり通っていました。

 神楽の語源は、「神座」(かむくら)が転じたとされています。神座は「神の宿るところ」「招魂・鎮魂を行う場所」を意味しています。宮廷で行われる「御神楽」と民間で行われる「里神楽」があり、私が楽しんでいたのは「里神楽」であったようです。
物語の流れを掻い摘んで言うと、村人を困らせる鬼を正義の味方が刀をもって退治する。
何といってもの魅力は、鬼女によるお面の早変わりはスリル満点。そして大きな鬼の面をつけゴージャスな伝統的な衣装での舞は圧巻です。八調子の新舞が最も好きです。

 今年は4月4日から12月26日の38週間です。福山に移住(?)して、観賞できないのが少し残念です。
看護部長 西中

2018年5月10日木曜日

第206回 「ランドセル」のお話し

 このシリーズも遂に七巡目に突入。以前に書いたものを読み返してみると、ずいぶん好き勝手な話をしています。しかし、「振り返るが、反省はしない」をモットーに、更に好き放題な話をしてしまいましょう。

 今回は、このタイトルを見て、果たして内容を想像できる方が何人おられるでしょうか?「孫にランドセルを買ってやった爺馬鹿話か?」いやいや、そうではありません。例によってdeepなaudioのお話しです。現在の我が家では一階のリビングの隣の部屋を、勝手にaudio roomとして使っていますが、そこでは三台のスピーカーが、それぞれ専用の真空管アンプを従えて稼働しています。この三台が一軍。熱心なaudio maniaであれば音が悪くなるとして複数のスピーカー同居は御法度ですが、そんなことにはおかまいなしです。ここから脱落したヒトタチは、(一部お店にドナドナされる以外は)二階の寝室などに移動し、二軍としての生活をしておられます。(敬語)

 この三台のうち、最もお年を召しておられるのが、ウエスタン・エレクトリック(WE)の755Aというユニット。なんと1940年代末生まれという、ボクよりも年上のヒトなのです。このユニットは径8インチ(約20cm)という小径のコーン紙一枚で全ての音域を再生する、いわゆる「シングルコーンスピーカー」という最もシンプルな形の、いわばaudioの原点といえるものです。このユニット自体、もともとはaudio用のハイファイ・スピーカーとして開発されたのではなく、アナウンスなどのPA用や、モニター用として誕生し、映画館や放送局、電車や軍用の放送に使われたもの。従って人の声を明瞭に伝えることが主目的ですから、再生音域はナローで、定格では70Hzから13kHzとされていますが、実際に再生してみると、何とも見事な音楽を奏でてくれるのです。

 このユニットが我が家にやって来たのは2006年のことで、東京の代々木に位置する、とあるマンションの13階にある某店で見つけました。このお店はマニアの間では知る人ぞ知る有名店ですが、何しろ普通のマンションにあるので、ドアを開けて入るのは相当勇気がいりました。中は巨大なスピーカーホーンが林立し、たくさんのスピーカーユニットがゴロゴロ転がり、「魔窟」状態。でも優しい店主に色々と音楽を聞かせてもらい、話をしていわゆる618Cタイプと言われる「標準箱」に入った755Aが我が家に嫁入りしたわけです。この箱は良くできていたのですが、なにしろ我が家のスペースでは(なにしろ三台同居体制なもので)少し大きく、響きは良いのですがやや音調も緩く感じていました。そうこうしているうちに、2011年になって、長野の安曇野にある某家具工房が手がけた755A 用の「箱」を手に入れることが出来ました。これはもともと、WE社が許可して他社に作らせた場合に与える「KSナンバー」のついたスピーカーボックス(KS12046)の精巧なレプリカモデルで、本来はビルの構内放送や、会議室の壁に掛けるための木箱です。このため前面が少し傾斜しており、上端は緩やかにカーブして、前から見るとまるでランドセルのような形をしています。このため日本のマニア達が「ランドセル」と呼んでいたと言うわけです。(やっとタイトルが出たー)大きさは約45x30x23cmくらいで、コンパクト。オリジナルを一度だけ見た事があるのですが、これはやはり1940年代製で、見事に乾ききった合板のニス(?)のツヤも美しく魅力的でしたが、値段の方も「魅力的」でため息をついたのみでした。このレプリカはさすが日本の家具職人の作、と言うべきか精巧そのものの作りで、見事にあのオリジナルランドセルの雰囲気を再現していると感じました。

 このレプリカランドセルに、オリジナルWE755Aをねじ止めし、内部配線もやはりオリジナルのWEケーブルで結線し(なにせユニットとコネクタの配線だけで単純そのもの)、音出しをした時の嬉しさは今も忘れません。やはり古い録音の音楽が向いているようですが、クラシックもジャズもボーカルも、とてもこの単純な構造からは考えられない完成度の「音楽」を奏でてくれるのです。さきほど書いたようにこのユニットも箱も、元々は「ヒトの声」を再生するためのもので、この中音域の豊かさと、独特の高音域の音色が一度聞いたら忘れられない音楽を再生してくれるのでしょう。

 このランドセルにまつわるエピソードで忘れられない事が一つ。かつて我が家には愛犬Snowという、イングランドゴールデンレトリバーがいて、ボクがソファー(一人用だが少し広め)で音楽を聴く時に、時には膝の上ないし横に座って一緒に聞いていたのですが、ある時、一緒にJutta Hippというドイツからアメリカに渡ったジャズピアニストのライブCDをこのランドセルで聞いたことがありました。このディスクでは、冒頭にこのピアニストのデビューに力を貸した、有名なジャズ評論家のレナード・フェザーという人のアナウンスがあります。ヒッコリーハウスというステーキハウスでのライブで、”Hello!  This is Leonard Feather.”と言う声がはっきりと部屋に響いた瞬間に、寝ていた(いつも寝ている)Snowの両耳がぴくぴくっと動いたのです。あれっ?と思ったけど、見るとどう見てもよく寝ている。ふーん、と思いつつ、しばらく忘れていて、後日同じCDをかけると、やはりぴくぴくっとするのです!そこで今度は違うスピーカーに代えて再生してみると(同じくらいの音にして)、全く動くそぶりなし!ホントの所はどうだったんだろう?今となっては(当時も)Snowに確かめるすべはないですが、やはりヒトの声がとても「それらしい雰囲気で鳴った」のは間違いありません。これ以後、このCDは必ずランドセルで再生している、というのは誰にも内緒の話です。

 長々と益体もない話をしてしまいましたが、とても楽しかった事を思い出したので(自分勝手に)よしとしましょう。それでは今回のお話しはこれにて。
病院長 武田(内科)