2012年8月10日金曜日

第13回 「整形外科医」

寺岡記念病院に就職して以来、いまだ病欠なしを貫いています。

ぼちぼち定年を迎えようとしていますが、私が医師になったばかりのお話をします。

私が医師になったころは、府中に住んでいた母方の祖母がまだ健在でした。
医師になったことを祖母に報告に行くと大喜びで迎えてくれました。
今までの苦労話に花が咲きました。

「ところで、何科の医者になったん?」

と聞くものですから、胸を張って

「整形外科っ!」

と言いました。

とたんに、祖母の顔が笑顔から落胆の表情に変わりました。

「医者になったと聞いたのに、ハリ医者になったんか・・・。」

と嘆くのです。

「いやいや、整形外科医はハリ医者なんかでなく、骨折や捻挫の患者を治したり・・・。」

「やっぱり、ハリ医者じゃ。」

祖母は時々入院を繰り返していたので、腰が痛い、膝が痛いと言っては整形外科で注射をしてもらっていたようです。

「整形外科医は骨折を手術で治したり、歩けなくなった人をリハビリなどで、歩かせれるようにもできる。」

「そんなもん、できるんか。」

と半信半疑でした。

私が医師になって2年あまりで、祖母は肝癌のため亡くなりました。

あれから、30年も経ちました。

私は、整形外科・形成外科・リハビリテーション・リウマチ・手外科の専門医の資格を習得しました。

現在は、年間約300例の手術をこなしています。
骨折だけでなく、腫瘍摘出術や植皮などの再建手術もあります。
結果が同じであれば手術時間を短縮する工夫もしています。
大工道具のような手術道具を使って、トンテンカン、トンテンカンの毎日です。

しかし、高齢の患者さんに

「腰が痛い、膝が痛い」

と言われると、ついつい痛み止めの注射をしている自分に気付きます。

やはり、祖母が言っていたことが正しいのかな・・・?

 副院長 小坂

2012年7月30日月曜日

第12回 「嗜みのはなし(?)」

浮気性?

無節操?

飽きっぽいだけ??

…いえいえ!
嫁に言わせれば、どうやら私は元来、好奇心旺盛な人間のようでして、さまざまな事に興味を持ってしまい、手を出してしまっているようです。

そんな中で、気が付くと色々と溜まっている(?)のが、各種資格や認定証たちです。


そんな中で今回、お話し致しますのは 『オトーリ回士』 免許証についてです。

『オトーリ回士』とは、読んで字の如く…と言われても良く解りませんね。

私はお酒が好きです(嗜む程度ですよ♡)。特に泡盛が好きでして…。そう!『オトーリ回士』とは、沖縄の伝統的な泡盛の飲み方『オトーリ』を普及させて、みんなで楽しくお酒を飲もうよ!!という資格です。



沖縄県宮古島市で、泡盛・オトーリの歴史や作法といった講習を受け、実際に厳し~い実技(楽しく泡盛を飲んだだけの様な記憶もあるのですが…。しかも補習講義の場所は居酒屋だったような…)をくぐり抜けるともらえる免許証です。











と、言うことで早速、『オトーリ回士』として、オトーリの普及に努めますね♪


オトーリとは簡単に言うと、沖縄に伝統的に伝わる泡盛の飲み方で、みんなで輪になって座り、1本の泡盛を分かち合いながら飲むと言う、なんとも素敵でオシャレかつエレガント(?)なお酒の飲み方です。これが、やってみると非常に楽しい!!

細かい作法まで話すと、一瓶…いや一晩あっても足りなので割愛しますが、詳しく知りたいと言う方は、是非今度、一緒にオトーリでも回しながらお話ししましょう♪♪
お酒は静かに味わうべき!と言う方もおられるでしょうが、お酒の楽しみ方は人それぞれ!私はオトーリに限らず、みんなで楽しくお酒を飲むって良いと思います。私はお酒大好きです!!(本当に嗜む程度ですよ♡♡)。

さぁ!これから夏本番!!海に山に!!!も良いですが、アクティブに色々な資格や認定にチャレンジしてみるのも乙なものかと。ちなみに、今、個人的に狙っている資格は『きのこマイスター』と『花火鑑賞士』あたりでしょうか。資格を持っている云々より、今まで知らなかった色々なことを新たに知ることが出来るって楽しいですしね。そして、なにより頑張ったあとの一杯がまた良いですしね。しかし、こうして書いていると本当に私、呑兵衛みたいですね♪(本当に本当に嗜む程度ですよ♡♡♡)。

資格や認定で言うと、『オトーリ回士』以外にも、『潜水士』『トライアスロン審判員』『カッパ捕獲許可証』『沖縄旅行地理検定』などなど、国家資格から本当に役立つのか分からない資格まで色々持っているのですが、そのお話は、またべつの機会に…。

それと、どうでも良い事ですが、免許証の写真…、その頃と今とでは体重が、小学生4年生の平均体重分ほど増加してしまっています。あと、今はヒゲもありません。何故、そんなに激変してしまったのか!?についても、機会があればまたいつか…。(興味ないですよね)

最後に一言、お酒は20歳を超えてから&節度を持って楽しみましょう!

医療福祉相談室 栗原

2012年7月20日金曜日

第11回 「私と花・野菜づくり」

私は、花、植物が大好きです。
花の本を観ては、名前を覚え、花瓶に生けてある花を見ると、つい

「何という名前の花ですか?」

と、聞いてしまいます。

そして、通勤途中、信号待ちで、可愛い花を見つけては、「可愛い」と見惚れています。4年前にある店でミラクルフル-ツに出合いました。そうです、実を口に入れ、噛んで、2~3時間は、酸っぱい物が、甘く感じるというミラクルフル-ツ。育て方を調べると、温暖な地方で、最低気温10℃管理が必要です。温度管理に困り、今だから言うのですが、私の職場である病院の休憩室・リハビリ室に泊らせたこともありました。そして、花の部屋、サンル-ムを作ることにしました。

一方では、野菜づくりに燃えています。ある年には、この畑は、「いちご畑」、この畑は、「パプリカ畑」、「さつま芋畑」と分けて作ってみたりしました。野菜づくりを始めて、いいことがあります。一つは、自分が頑張ったら、頑張ったような美味しい野菜ができる楽しみ、何も考えず、無心でできます。

もう一つは、野菜づくりから、人との輪が広がります。畑にいると、全く知らない人から、声をかけてもらいます。

「どこから来られているの?」

「いつもニ階で洗濯物を干しながら見ていたけど、来てみました。」

「どうして、白菜は上を括るの?」

「あれは、何を植えているの?」

など。更に嬉しくなり、会話も弾みます。

「あんた、来たんじゃなぁ、会えたなぁ、今日は、会えないかと思った。」

「頑張るなぁ、早く帰りよ、昼がきたよ。」

など。そして、作り方のアドバイスまでして下さる人も来られます。

「玉ねぎに、肥料を播いた?私は、もうしたよ。」

「この苗を植えてみる?」

「すいかは、実がついたら、動かしたらいけんよ。枯れるよ。」

など。私も、声をかけられると、ついつい、

「この野菜を作られていますか?良かったら食べて下さい」

と声をかけます。単純な私ですから、持って帰ってもらえたら、嬉しくなります。
また、私の家の隣の方とも、野菜づくりという共通点から、野菜づくりの話しで花が咲きます。私では作れないような立派な野菜を頂いたり、鉢物を交換したり、よく声を掛けて下さり、親切にして頂いています。遠方の畑に、夫婦で朝早くから出かけておられ、私にとって憧れで、尊敬する野菜づくりの先生です。色んな方に囲まれ、幸せな私です。

私に会ったら、どうぞ気軽に声をかけて下さい。

看護師長  藤原

2012年7月10日火曜日

第10回 「How to eat うどん」

麺類は大体好きです。僕だけではなく、うちの家族、女房も息子も好きなようです。

とある日曜の午前中、女房が

「今日のお昼ご飯、何にしようかな」

って言い出して、息子が

「おそばがいい」

と。それを聞いて僕が

「おそばよりうどんのほうがいいな」

と言いますと、女房が

「パスタにしようかな」

って。
三人の意見が分かれたので,僕が

「パスタが欲しくない人」

って言うと息子と僕がさっと手を挙げます。すると女房が真似をして

「おそばの欲しくない人」

って。僕と女房が手を挙げると、やっぱり息子が真似をして

「うどんの欲しくない人」

って。
結局まとまらず、最後は女房の「作る人の好みで決めよう」の一言で決まったんですが。

先日ある街でうどん屋にひとりで入りました。
釜あげうどんを注文して待っているとまずおつゆのはいったそば猪口と、薬味の入った小皿が届きました。 少し遅れて店主がうどんの入ったどんぶりを持ってきて

「食べ方知っとる?」

って言うんです。釜あげうどんの食べ方って(箸でうどんをつまんで、口に運ぶ)これだけでしょう。(一体なんのことだ)と僕の頭上ではクエスチョンマークが3つ並んで、ラインダンスを踊ってます。

「え〜っと・・」

としか答えられないでいると、店主が

「薬味は全部入れて、そば猪口は手前に、丼はその奥に置いて、その間隔は指二本分。うどんは3本つまんで食べる」

これだけ言ってあちらへ行ってしまいました。(それだけのことか)、(3本つまもうが、4本つまもうが、客の勝手だろ)と心の中で思いながらも、初めて入った店で

「大きなお世話じゃ、どうやって食おうがワシの勝手じゃ」

と文句を言ったりはしません。そこは大人の対応というんですか、言われたとおりにやってみました。3本がその店のうどんの長さからして一口で食べるのに適切な量なんでしょうね、僕のおちょぼ口にぴったりでした。

もちろん店主が見ていないのを確認して、4本口に入れても全然問題はなかったんですが。
そんなこんながあって、結局完食しましたが、味のほうはそれほどでもなくって。

というのがこの春からこっち、僕のまわりであったことです。

泌尿器科医長 志田原

2012年6月30日土曜日

第9回 「縄文杉に逢いに行ってきました」

4月中旬、友人4人で縄文杉に逢いに屋久島に行ってきました。

2月の初旬、大学時代の友人から突然

「屋久島行くけど一緒に行かない?」

というメールが届きました。屋久島については屋久杉・世界遺産くらいの知識しかなかったのですが、旅行好きな私は行きたいなと思い尋ねてみると、ただの旅行ではなく、

「1日まるごとトレッキングで縄文杉へ、もう1日も別のところにトレッキングするかも。」

とのこと。普段全く運動もしていないし、大丈夫だろうか?と思い、申し込み直前まで悩みましたが、折角の機会だし、まあなんとかなるだろう、と参加のメールを送りました。

その後、準備のために色々調べてみるうちに、思っていた以上に大変だということに気付かされ不安になってきました。本には「縄文杉登山」って書いてあるし・・・。
準備も大変で、まず登山用の靴は必需品、早めに買って慣らしておくこと。それから毎日通勤は登山用シューズになりました。屋久島は雨の多いところで、上下セパレートのレインウェアにザックや雨に濡れるのでザックカバーも必要とのこと。
準備や体力づくりのメールがメンバーから次々と入り、後れを取っていた私はますます大丈夫だろうかと不安になりました。とりあえず近所をウォーキングしたり、神社の階段を登ったりしてみましたが、十分な準備はできないまま当日を迎えました。

当日は朝5時前に朝食と昼食の弁当を持ってホテルを出発、登山口行きのバスに乗り登山口へ。そこで朝食をとり、準備をして6時30分ごろいよいよ出発。朝から雨でレインウェアやザックカバーはやはり必需品でした。

歩行距離22km・標高差700メートル・所要時間約10時間のコースです。最初は平坦なトロッコ軌道が続きますが、ペースが速く遅れず付いて行くのがやっとで、まわりの景色など見る余裕はなく、ひたすら足元の枕木をみつめて歩くのみでした。途中からの登山道では、ガイドさんから

「だめだと思う人はこちらからリタイアしてもらいますから。」

などと脅されつつも、ペースを落としてもらえたので、リタイアすることなく樹高25.3m、胸高周囲16.4m、推定樹齢2170〜7200年の縄文杉に逢うことができました。

とりあえず

「やったねー。」

とみんなで無事来られたことを喜び会い、
記念撮影。
帰りもあるのだけど・・・。
そして出発から約10時間後、
無事登山口に到着しました。

帰りのバスでは

「思ったほどじゃなかったね。」

と少し余裕をかましつつも、

「もう十分、明日もトレッキング行くの?」

と思う私でした。



縄文杉の魅力は、時間をかけて自分の足で逢いに行かなければ味わえないところにあると思います。気軽には行けませんが、皆さんも是非逢いに行かれてはと思います。 でも次はもっと楽なところに誘って欲しいな・・・。

薬剤科長 有木

2012年6月20日水曜日

第8回 「私のまわりのひと(私をとりまくひと)」

ここ数年、歳とったせいか色々な事に感謝出来るようになりました。
その中でも、私が自信をもって言えること(勝手な自慢ですが)は、本当にたくさんの人に恵まれているなぁということです。

この病院に勤務してはや20年が過ぎましたが〈年もばれますね〉多くの人に助けられて、また多くの人と知り合いになりました。
そこで今回は私の友達?(・・・といっていいのか?失礼かも知れませんが)を紹介したいと思います。勿論名前は伏せさせて下さい。

一番は「さくら会」です。
20数年前この病院に勤務した当初は午前外来勤務、午後手術室勤務というシフトでした。
何も分からない私に随分上の先輩方が声をかけ下さってこの「さくら会」に入ることとなりました。
以後今日まで仕事の事から、遊びまで色々な事を教えていただきました。
どちらかと言えば田舎育ちで(生れは山口県、島根・広島との県境で育ちました)融通のきかない、面白みがない私でしたが本当に多くを得ることが出来たのが「さくら会」です。
5,000円/月の積立をしていて、今迄何度となく遊びに行きました。そうそう5年前のハワイ旅行もこの積み立てのおかげです。
勿論食事会も、プチ贅沢旅行も行きました。私だけでは経験できない多くのことばかりです。

次は看護学校時代に所属していた医院で、泣くほどの苦労をしてきた仲間4人です。
当時は医院ということで厳しくて、門限9時!それを過ぎたら罰があって1週間外出禁止でした。
それで余計に結束力が強まったのだと思います。寮生皆な仲良くて土曜日/Wは11時過ぎたら(その当時の医院の先生はややお年寄りで11時には就寝されていたので)一人ずつ抜き足で出て行って近くのファミレスでおしゃべり会です。夜中まで喋っていました。
でも当然ばれていますよね、先生がある時「頭の黒いネズミがよくうろうろしている」と笑いながら言われました。

その仲間4人とは卒後もう何十年も経ちますが、未だに1回/年旅行を持ち回りで計画して会っています。七夕のように1回/年会うだけですが、普段会っているかのように話しは尽きず言いたいことも言える同志です。それぞれ卒後何年も経って生活環境も変わったのに…(不思議ですよね)その仲間は、九州・四国・尾道と分かれていてその土地・土地を尋ねるだけでも楽しくて、結局会って話をするだけで十分な気分転換になっています。愚痴を言ったり、情報交換したり…ですが。

その他にもたくさんの出会いがありました、その時その時が大事でまさに「一期一会」です。これからも多くの出会いを大事にして今迄自分が大切にしてもらったことを、今度は誰かに分けてあげることが出来たら…と思っています。  

副看護部長 中村

2012年6月9日土曜日

第7回 「自分に厳しく?」

寺岡記念病院に赴任して9か月が経ちました。
病院のスタッフは親切だし、東京に比べて患者さんも良い人が多い。
自然が綺麗なすごく恵まれた環境で、大きなストレスもなく仕事に専念させていただいております。

先日、とある看護師さんから言われました。

「先生、太ったねー。お腹に浮き輪つけてどこいくの?」

と。

「いやいや、もうすぐ夏じゃけ、海に決まっとるじゃろ!」

と返したいところでしたが・・・内心、ショックでした。衝撃でした。

確かに5kgほど増量しましたが、着痩せするのでそう簡単にはバレないだろうと余裕こいてました。
服着て気づかれるというのは相当なのでしょう。
ほぼ、アンパンマンなのでしょう。

「え〜ん、え〜ん。ばかー。食事が一番の楽しみなのにー。でも美味しいもの超すき。」

その夜、泣きながら走りました。
病院のそばにある自宅からフジグランまで。
そして、「毎日走ろう、そしてかっこよくなろう。病院のみんなに『あれ?痩せました?別人かと思いました。なんか・・・すき』と言わせてやろう。」と決心しました。

しかし・・・翌日私の膝は悲鳴をあげていました。

「うっ、痛い。今日はおやすみ♡」

結局ジョギングは一回きりでした。
外来で患者さんに

「食事と運動が基本です(えっへん!)。」

とか言っておきながら、なんとも情けない。

今、懲りずに新たな目標を立てました。
毎日腕立て50回、腹筋50回。
これなら、夜道で側溝に落ちることもない。
医局でもできるし。
簡単!安全!♪

自分に厳しく、今度こそ頑張ろうと思います。

脳神経外科 岩上