2018年5月10日木曜日

第206回 「ランドセル」のお話し

 このシリーズも遂に七巡目に突入。以前に書いたものを読み返してみると、ずいぶん好き勝手な話をしています。しかし、「振り返るが、反省はしない」をモットーに、更に好き放題な話をしてしまいましょう。

 今回は、このタイトルを見て、果たして内容を想像できる方が何人おられるでしょうか?「孫にランドセルを買ってやった爺馬鹿話か?」いやいや、そうではありません。例によってdeepなaudioのお話しです。現在の我が家では一階のリビングの隣の部屋を、勝手にaudio roomとして使っていますが、そこでは三台のスピーカーが、それぞれ専用の真空管アンプを従えて稼働しています。この三台が一軍。熱心なaudio maniaであれば音が悪くなるとして複数のスピーカー同居は御法度ですが、そんなことにはおかまいなしです。ここから脱落したヒトタチは、(一部お店にドナドナされる以外は)二階の寝室などに移動し、二軍としての生活をしておられます。(敬語)

 この三台のうち、最もお年を召しておられるのが、ウエスタン・エレクトリック(WE)の755Aというユニット。なんと1940年代末生まれという、ボクよりも年上のヒトなのです。このユニットは径8インチ(約20cm)という小径のコーン紙一枚で全ての音域を再生する、いわゆる「シングルコーンスピーカー」という最もシンプルな形の、いわばaudioの原点といえるものです。このユニット自体、もともとはaudio用のハイファイ・スピーカーとして開発されたのではなく、アナウンスなどのPA用や、モニター用として誕生し、映画館や放送局、電車や軍用の放送に使われたもの。従って人の声を明瞭に伝えることが主目的ですから、再生音域はナローで、定格では70Hzから13kHzとされていますが、実際に再生してみると、何とも見事な音楽を奏でてくれるのです。

 このユニットが我が家にやって来たのは2006年のことで、東京の代々木に位置する、とあるマンションの13階にある某店で見つけました。このお店はマニアの間では知る人ぞ知る有名店ですが、何しろ普通のマンションにあるので、ドアを開けて入るのは相当勇気がいりました。中は巨大なスピーカーホーンが林立し、たくさんのスピーカーユニットがゴロゴロ転がり、「魔窟」状態。でも優しい店主に色々と音楽を聞かせてもらい、話をしていわゆる618Cタイプと言われる「標準箱」に入った755Aが我が家に嫁入りしたわけです。この箱は良くできていたのですが、なにしろ我が家のスペースでは(なにしろ三台同居体制なもので)少し大きく、響きは良いのですがやや音調も緩く感じていました。そうこうしているうちに、2011年になって、長野の安曇野にある某家具工房が手がけた755A 用の「箱」を手に入れることが出来ました。これはもともと、WE社が許可して他社に作らせた場合に与える「KSナンバー」のついたスピーカーボックス(KS12046)の精巧なレプリカモデルで、本来はビルの構内放送や、会議室の壁に掛けるための木箱です。このため前面が少し傾斜しており、上端は緩やかにカーブして、前から見るとまるでランドセルのような形をしています。このため日本のマニア達が「ランドセル」と呼んでいたと言うわけです。(やっとタイトルが出たー)大きさは約45x30x23cmくらいで、コンパクト。オリジナルを一度だけ見た事があるのですが、これはやはり1940年代製で、見事に乾ききった合板のニス(?)のツヤも美しく魅力的でしたが、値段の方も「魅力的」でため息をついたのみでした。このレプリカはさすが日本の家具職人の作、と言うべきか精巧そのものの作りで、見事にあのオリジナルランドセルの雰囲気を再現していると感じました。

 このレプリカランドセルに、オリジナルWE755Aをねじ止めし、内部配線もやはりオリジナルのWEケーブルで結線し(なにせユニットとコネクタの配線だけで単純そのもの)、音出しをした時の嬉しさは今も忘れません。やはり古い録音の音楽が向いているようですが、クラシックもジャズもボーカルも、とてもこの単純な構造からは考えられない完成度の「音楽」を奏でてくれるのです。さきほど書いたようにこのユニットも箱も、元々は「ヒトの声」を再生するためのもので、この中音域の豊かさと、独特の高音域の音色が一度聞いたら忘れられない音楽を再生してくれるのでしょう。

 このランドセルにまつわるエピソードで忘れられない事が一つ。かつて我が家には愛犬Snowという、イングランドゴールデンレトリバーがいて、ボクがソファー(一人用だが少し広め)で音楽を聴く時に、時には膝の上ないし横に座って一緒に聞いていたのですが、ある時、一緒にJutta Hippというドイツからアメリカに渡ったジャズピアニストのライブCDをこのランドセルで聞いたことがありました。このディスクでは、冒頭にこのピアニストのデビューに力を貸した、有名なジャズ評論家のレナード・フェザーという人のアナウンスがあります。ヒッコリーハウスというステーキハウスでのライブで、”Hello!  This is Leonard Feather.”と言う声がはっきりと部屋に響いた瞬間に、寝ていた(いつも寝ている)Snowの両耳がぴくぴくっと動いたのです。あれっ?と思ったけど、見るとどう見てもよく寝ている。ふーん、と思いつつ、しばらく忘れていて、後日同じCDをかけると、やはりぴくぴくっとするのです!そこで今度は違うスピーカーに代えて再生してみると(同じくらいの音にして)、全く動くそぶりなし!ホントの所はどうだったんだろう?今となっては(当時も)Snowに確かめるすべはないですが、やはりヒトの声がとても「それらしい雰囲気で鳴った」のは間違いありません。これ以後、このCDは必ずランドセルで再生している、というのは誰にも内緒の話です。

 長々と益体もない話をしてしまいましたが、とても楽しかった事を思い出したので(自分勝手に)よしとしましょう。それでは今回のお話しはこれにて。
病院長 武田(内科)