2020年12月10日木曜日

第273回 旅行に行けない今なので

 

こんにちは。この度81日より寺岡記念病院 脳神経外科に着任した青野峻也(あおのとしや)と申します。出身は福岡県で広島大学医学部を卒業しました。東京や静岡の病院を経て福山に参りました。学生時代を過ごした広島の地で医療に携わることができ大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願い致します。


 今回私は6年前の春、私の大学の卒業旅行についてお話しようと思います。今のようにコロナ禍もない中、国家試験から就職までの最後の長期休暇で私と大学の友人達あわせて11人は2週間の卒業旅行を計画しました。働きだしたら絶対行けないところということで行き先は南米のボリビア・ペルーでした。ハプニングだらけの旅行でしたが道中の写真を交えながらお話しようと思います。


〜初のアメリカ〜

 2月某日、国家試験が終わり1周間が経ち私達は南米に飛び立ちました。合計14日間で飛行機を11回も乗り継ぐ旅行ですが事前予約や団体割引を使って練りに練った破格の激安ツアーとなりました。まず私達は羽田空港から一路アメリカのサンフランシスコに向かいました。南米へ直行便はないため必ずアメリカを経由しなければならず、ならばアメリカで観光してしまおうとサンフランシスコに二泊三日滞在することとしました。ハワイを含めてアメリカに来るのは初めてで土地・建物・道路も何もかも規模が大きくさすがは世界一の国だと痛感させられました。アメリカといえば大味な大量の料理という固定観念から初日の夕食はサンフランシスコの有名なお店でステーキを食べることに。味については特に言うことはありません、大味です。


 翌日私達はカリフォルニアの世界遺産であるヨセミテ国立公園に向かいました。事前知識が全くありませんでしたが、東京都よりも広い土地が国立公園として保護されているとのことでやはり規模が日本とは大きく違います。ざっとした印象は広い森というだけですが、ハーフドームと呼ばれる半球を更に縦に割ったような特徴的な地形を代表に落差のある大きい滝や広大な自然林など日本では見られない地形が多々あり心が洗われる体験でした。


〜異世界のウユニ塩湖〜

 続いて私達はマイアミを経由して南米ボリビアの首都ラパスに向かいました。ボリビアはアンデス山脈の北端にあり土地の多くが3000m以上の標高に広がっています。首都のラパスは3600mに位置し富士山とほぼ同じぐらいの標高にあたります。問題となるのは高山病です。登山として麓から登るのであれば体がゆっくりと順応するので富士山程度の高さであれば大きな問題になりませんが、飛行機でいきなり降り立つと一気に気圧が下がり高山病になりやすくなります。私も高山病というほどではないものの軽度の頭痛と息切れ、足元のふらつきを感じました。私達が到着した日は偶然にもラパスはお祭りの日だったようで町中は人で溢れていました。祭りの内容は謎の泡や水を掛け合うというもの。そのようなことを想定していなかった日本人11人は早速現地の若者たちの餌食になりました。写真が取れないほどの状況だったということをご想像ください。高山病で息も絶え絶えになりながら南米の見知らぬ土地を逃げ回ることとなりました。

 翌日私達はこの旅行最大の目的であるウユニ塩湖に向かいました。水が薄く広がった高低差のない塩湖の中で水面が鏡のようになるという幻想的な光景を見るためです。ウユニの街に一番近いものはアメリカの西部映画に出てきそうな砂漠の街のイメージです。砂埃が舞う中で野犬が歩き回る街中は少し治安が悪く恐怖心を覚えるところですが、意外にも観光客ばかりでその殆どが日本人。日本語の看板やお店の多くに日本語メニューがあったりと日本人には歓迎的です。高地ですので風は涼しいものの日光は鋭く私はそこで南米らしくポンチョを買いました。似合っているかはわかりません。今は捨ててなければ実家にあります。


 私達は事前に予約していた塩湖ツアーの車に乗り込み一路ウユニ塩湖に向かいました。砂漠の中を走り続けること1時間、まず私達は「列車の墓場」につれてこられました。

昔は塩湖からの塩の積み出しに使われた大小多数の古い蒸気機関車や貨車が無造作にうち捨てられ、錆びた車体には似つかわしくない多量のポップな落書きがちょっとしたアートのようになっていました。そして更に車が進むとついに広大な塩湖にたどり着きました。地面は一面真っ白な塩が広がる異色な光景。




そして逆さ富士のように湖面に青空が映る魅惑の光景が広がります。


これだけでも十分「インスタ映え」ですが、ウユニ塩湖の本領はまだまだです。私達は一旦ホテルに帰り早めに就寝し翌朝日の出前にまたウユニ塩湖に向かいました。真っ暗な夜空がだんだん白み始め、朝日が昇り始めました。写真では十分表せられない幻想的な世界が広がります。



おそらくこのような景色は二度と見ることはできないでしょう。私達は最大限の感動を胸にウユニ、そしてボリビアの地を経ちました。

 

 旅行はこれで半分です。続いて向かったのはペルーですが話も長くなってきましたので、続きは別の機会にお話しましょう。

 

 寺岡記念病院は脳神経外科疾患の救急診療を24時間行っています。なにか気になること、心配なことがあればぜひお電話ください。